喫茶店とか、お宝ラケットたちとか。

テニス

竹島通り、原宿駅側の喫茶店。

1980年のサントリーカップを観に来た時、
福島から夜行列車で原宿に着いて時間潰しに入ったお店。
まだあるのね。

さて、某日。日本プロテニス協会事務局へ。

理事長から「懐かしいラケットを送ったので確認してほしい」との指令。
事務局スタッフの年代だと何が何やららしい。

ってことで、キャリーケースにパンパンのラケットを引っ張り出す。

すごいな、これ!
あ、よだれが・・・(ウソ)


早速、仕分けというか確認作業。

オールドウイルソンたち。

そして、年代別の名品をより分ける。
まずはこちら。

ジミーコナーズの片腕として、一時代築いたモデル。

Wilson T2000

ただ、コナーズの印象が強すぎるっていうか、
コナーズ以外に使ってるトップ選手はほぼ見たことがない。
あえていえば、同期で他の学校だったヤマザキくんが使ってた。
これを何本も抱えてたから、お金持ちだったんだな。

ちなみにこのラケットを張り上げたことはない。

先日、お客様から、これを持ってるんだけど張ってほしいとのリクエストがあって、
お知り合いのストリンガーさんに張り上げマニュアルを送っていただいたっけ。
テニスプレイス ピア畑社長、ありがとうございました。

グリップもグッドコンディション。

理事長、使ってたんかな。


続いてはこちら。

DONNAY BORGPRO

ビヨンボルグで一世を風靡したドネーのラケットだ。
ちなみにワタクシの正確なファーストラケットはドネーのよくわからんモデル。
あれは半分だまされたなぁ。

ということで、これはまさにドネーな1本である。

今思うにダブルハンドだからってこんなに長いグリップいらないよね。

そしてこちら。

Bancroft BORG PERSONAL

ボルグの半端ではない人気はダブル契約も成立させたみたいで、
アメリカでの試合はこのバンクラフトのラケット、
その他はドネーを使うという契約だったとか。

ドネーはけっこうみるが、これはめずらしい。

当時以来、現物を持ったのは初めてかも。


そして時代的に絶対に外せないのがこれ!

Wilson Jack Kramer PROSTAFF

ワタクシがいちばん好きな選手、ジョン・マッケンローの使用モデルだ。
このラケットを手に一気にスターダムに駆け上がったマッケンローに
高校生のワタクシたちは夢中になった。
テニスってこんなでもいいのかと、衝撃を受けまくって、マネした。(笑)

ジャッククレーマー・オートグラフは東北は福島でも売っていたが、
プロスタッフはなかなか手に入らなかったのを覚えている。


国産ウッドラケットが7,000円くらいだったけど、
ウイルソン、ドネーは17,000円くらいだったと思う。
T2000は2万円オーバーだったかな。


ということで、時代のビッグ3のモデルを並べてみた。

ああ、懐かしい〜。


実はこのラケットたちは日本プロテニス協会の年1回のイベント、
コンベンション2023で展示する予定。
会員はもちろん、協会活動に興味や賛同いただける多くの皆さんにも
こちらでも楽しんでいただきたい。

日本プロテニス協会・コンベンション2023

10月30日、31日開催です。
ワタクシもスタッフとして会場にいます。
ぜひお会いしましょう!

その他の懐かしいラケットはまたアップするのでお楽しみに。

ためブロ

ためブロ

福島県生まれ。 普通の公務員の家に育ち、小〜中学校はバスケットボール部に所属。 強豪校のあまりに厳しい練習とレギュラー争いに嫌気がさし、個人スポーツをやることに。 高校で見つけたのがテニス。 当時まだ硬式テニス部は少なく、進学した高校でもまだ「テニス愛好会」だった。 テニスといえば女子、しかも愛好会という緩そうな雰囲気に惹かれ入部。 しかし、女子はおらず、東北なのでクレーコートが使えるまで、毎日ランニングと素振りの日々。 加えて、素振りをした途端に、先輩に「センスなし」から一刀両断。(笑) そんなテニスとの出会いが、今に至り、テニスで生きているという不思議な人生。 テニスを軸にたくさん勉強させてもらったことを駆使して、 テニス業界、スポーツビジネス界で生きている今現在。 座右の銘は「努力に勝る天才なし」 セミナー講師や研修も得意技。

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