ローソンで。

まあ、吉野家だ、たしかに。
少し足せば吉野家で牛丼食べられるな。
さて、またAIのお話し。
さて、またAIのお話し。
世の中はすっかりAIブームである。
調べものをしてもらう。
資料を作ってもらう。
文章を書いてもらう。
企画を考えてもらう。
便利なのは間違いない。
ワタクシも毎日のように使っている。
だからこそ思う。
AIは最高の部下にはなる。
でも、上司には向かない。
もちろん、これはAIの性能が低いという話ではない。
むしろ逆。
優秀すぎるのだ。
例えば、「イベントを成功させたい。」と言えば、
ターゲット分析から告知方法、当日の運営、KPIまで、それっぽく整理してくれる。
「売上を伸ばしたい。」と言えば、
価格戦略、SNS活用、リピート施策まで提案してくれる。
優秀な若手社員どころか、優秀なコンサルタント並みである。
でも、ここに落とし穴がある。
AIは「答え」を作ることは得意だ。
でも、「責任」は取らない。
経営者や店長、コーチという仕事は、最後は責任を引き受ける仕事だ。
例えばスクールで、定員を増やすか、料金を上げるか、スタッフを採用するか、クレームにどう対応するか。
AIはそれぞれのメリット・デメリットを整理してくれる。
しかし、「最終的にどちらにする?」という問いには、「状況によります。」と返ってくる。
当たり前だ。
責任を負う立場ではないのだから。
だからAIを上司にしてしまうと、「AIがそう言ったから。」という、とても危険な思考になる。
これは、自分で考えることを放棄しているのと変わらない。
一方で、部下として考えると話は変わる。
「市場を調べて」
「企画を10個出して」
「反対意見を考えて」
「資料を整えて」
「文章を推敲して」
文句も言わない。
残業代もいらない。
夜中でも返事をする。
しかも数秒で。
こんな部下はいない。
だから使い倒した方がいい。
ただし、最後のハンコだけは押させてはいけない。
それは人間の仕事だから。
テニスでも同じだ。
コーチは、「このショットを打ちましょう。」とは言える。
でも試合で、30-40、ブレークポイント。
センターに打つのか、ワイドに打つのか、サーブ&ボレーに出るのか。
最後に決めるのは選手自身だ。
その一球の責任は、選手しか負えない。
経営も人生も同じ。
AIは最高の練習相手にはなる。
最高の相談役にもなる。
でも、最後の決断だけは、人間がしなければならない。
最近、「AIに聞いてみます。」という言葉をよく耳にする。
悪いことではない。
でも、その後に続く言葉がもっと大事だ。
「私はこう判断します。」
この一言がある人は、AIを使っている人。
この一言がない人は、AIに使われている人。
その違いは、意外と大きい。
だから私は今日もAIを使う。
でも、決裁ボタンだけは押してもらわない。
押すのは、責任を負う人間の仕事だから。
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