予定とか、情報とか。

仕事


まだこれからすべきこと、しなければいけないことはたくさんあります。
忘れないこと、続けることです。
頑張ろう、日本!

 

12歳児の予定表。
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中学入学までの勉強の予定が書いてある。
この緻密さは誰に似たのだろう。
どう考えても、ワタクシでも妻でもない。

そして先日、せがまれて購入した参考書。
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中を覗いてみたが全然わからない。
間違いなくウチの子ではないぞ。

どこかで取り違えたかなぁ。
でも顔はそっくりなんだよね。(笑)

 

さて、先日、自分の役割みたいなこと書いてみたのだけど、
自分のメモで残せばじゅうぶんだよなぁなんて思いつつ、
さらに整理のために追記。

上司には情報が集まる。
当たり前である。
「報告しろ」って言ってるからだ。

たしかに報告が無しで判断を仰ぐことも出来ないし、
判断することも出来ない。

しかし上司という生き物は、それ以上に情報を取りたがる。
それはそれで正しいことなのだろうし、
そうしなくても上の方々には自然と情報は集まるものだ。

そこで問題や勘違いが生まれる。

情報が集まることが自分に権限があると置き換えてしまうこと。

多分、情報を出す側は、指示をされたから出しただけ、
情報(材料かな)を出さないと判断や指示をもらえないから
そのために出すだけなのだ。

その人が偉いからとか、立派だから情報を出すわけではない。
あくまで自分の仕事を動かすために出すのだと思う。

情報が集まった自分を何かの中心にいると勘違いするのは危険。
業務上、必要があるから情報がそこに集まるのであって
その人の人間の出来とは無関係である。

次なる危険は、集まった情報が集まるだけで終わること。
あるところ、例えば上司に情報が集まることに意味はない。

集まることで済んでしまう情報は、単にその上司が
「ちょっと知りたかった」だけの情報であり、
大した重要度はない。

もっとたちが悪いのは、権限確認のために
情報を集める、報告させるという「儀式」をすること。
自分が言えば人が動くことを見たいだけ。

まあ、そういう人はそうそういないと思うが、
情報を集めるだけで終わってしまっている場合は
結果としてはそう思われても仕方がない。

報告や相談や情報はそのままでは何の役にも立たない。
なんらかの「ひと手間」を加えないと意味がないのだ。

その情報を集約し分析し、解や方向を導き出す。
そして具体的な行為に落とし込む。
それを情報提供者やチームメンバーにフィードバックすることで
はじめて情報の意味が生まれる。

まとめただけではダメ。
それは誰でもできる作業だから。

情報を取る、集めるということは、
その人が情報をどう料理するかの責任を持つということ。

一方、情報を出す方、報告する方もそれだけの意識を持って出すべき。
「何のために出すのか」「何を目指しているのか」を理解して出す。
「フィードバックや答えは返ってきたか」をしっかりチェックする。
真剣勝負だから情報が生きる。

単なる上司の自己満足のための情報収集、集約や
分析や行動の無い定型報告に意味はない。
そこが分からないリーダーって案外多いのかも。

うーん、自分で書いていて耳が痛いぞ。

ためブロ

ためブロ

福島県生まれ。 普通の公務員の家に育ち、小〜中学校はバスケットボール部に所属。 強豪校のあまりに厳しい練習とレギュラー争いに嫌気がさし、個人スポーツをやることに。 高校で見つけたのがテニス。 当時まだ硬式テニス部は少なく、進学した高校でもまだ「テニス愛好会」だった。 テニスといえば女子、しかも愛好会という緩そうな雰囲気に惹かれ入部。 しかし、女子はおらず、東北なのでクレーコートが使えるまで、毎日ランニングと素振りの日々。 加えて、素振りをした途端に、先輩に「センスなし」から一刀両断。(笑) そんなテニスとの出会いが、今に至り、テニスで生きているという不思議な人生。 テニスを軸にたくさん勉強させてもらったことを駆使して、 テニス業界、スポーツビジネス界で生きている今現在。 座右の銘は「努力に勝る天才なし」 セミナー講師や研修も得意技。

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