ハイネケンをいただいた。(らしい)

ランチをしたカフェで、「7月で消費期限が切れるので良かったらどうぞ」だって。
ビンのビールってどうしてこんなに美味しいんだろう。
ラッキー!
さて、またまたAIのお話し。
「壁打ち」って言葉が流行っている。
壁打ち
企画の初期段階や、頭の中がモヤモヤしている状態で同僚や上司、外部の相談役(壁役)に話を聞いてもらう手法
まあ、有効な手法ではあると思う。
客観的な意見をもらえると新たな切り口も見えるし、自分の思い込みにも気づく。
で、問題はこの「壁打ち」をAIとするってこと。
自分がやりたいことを伝え、改善案などをもらう。
AIは否定はしないから、どんどん望む方向に拡張し深く入ってくれる。
これが何とも心地良い。
自分の思う方向にどんどん切り込んでくれるから、理屈や理論ではなく、
感情的な部分で脳に快楽物質が出るんじゃないかと思うのだ。
結果、自分の思っていたことが大きなフレームワークとして、
且つ、見栄え良く出力される。
それはもう快感の極みである。
ん?待てよ。
これって、ネットの「タコツボ現象」と変わらないんじゃ?
自分の嗜好に合わせた情報が波のように押し寄せる。
結果、思うような情報しか入ってこなくなる。
AIとの壁打ちも、油断すると似たようなことが起きる。
「その企画、最高ですね。」
「その方向性は理にかなっています。」
「さらにこうするともっと良くなります。」
そう言われると、「やっぱりそうだよね」となる。
もちろんAIは、頼めば反対意見も出してくれる。
でも、人間って面白いもので、反対意見を聞きたいときよりも、
賛成してほしいときの方が圧倒的に多い。
つまり、AIを使っているようで、実はAIを使って自分を肯定しているだけだったりする。
これはちょっと危ない。
だって、本当に必要なのは「賛成」じゃなくて「検証」だから。
企画でも、経営でも、テニスでも同じ。
「そのフォアハンド、最高です。」と言われ続けても、ネットにかかったら意味がない。
コーチは時には、「いや、その握り方じゃ厳しいですよ」と言わなきゃいけない。
耳の痛いことを言ってくれる存在がいるから、人は上達する。
AIも同じ。
「この企画の弱点だけ挙げて。」
「反対派の立場で徹底的に批判して。」
「競合だったらどう攻めてくる?」
そんな聞き方をしないと、AIはいつまでも気持ちのいい壁でいてくれる。
壁打ちは、本来ボールが返ってくるから練習になる。
もし返ってくるのが、自分の打ったボールと全く同じ軌道だったら、それは壁じゃない。
ただの鏡だ。
AIを鏡として使うのか、壁として使うのか。
その違いは、AIの性能ではなく、こちらの質問力にある。
なんてことを考えながら、今日も私はAIに聞く。
「この記事、どこがつまらない?」
……ええ、たぶん一番聞きたくない質問なんですけどね。
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