TVジョッキーとか、ピックルボールとか。

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昭和の日曜日も昼番組といえばTVジョッキー。
初代司会は土居まさるさんだっけ。
その後はビートたけしとたけし軍団だよね。
奇人変人コーナー、熱湯風呂と、破茶滅茶で面白かったなぁ。
たぶん今ならNGなこともたくさんあったと思う。

そんなTVジョッキーに出演するともらえたギターを某ハードオフで発見。

けっこう貴重品じゃないだろうか。
もちろん、いらないけど。(笑)

さて、国立競技場前の都立明治公園。

東京オリンピックの時はメディアセンターがあったのだが、(たぶん)
その後、再整備されてめっちゃキレイな公園になった。
おしゃれなカフェや広場があって、都会のオアシス的なスポット。

先日、通ってみたら、何やら出来ている。
近づいてみると・・・

ピックルボールのコートができていた。

最近、流行ってきているというピックルボール 。
こんな一等地にもコートが出来るとは。

早朝でまだ使っている人はいなかったが、昼間は賑わっているのだろうか。


アメリカでは爆発的にプレー人口が増えているらしい。
もともとは、テニスをプレーしていた層の年齢があがり、
フルのテニスコートではしんどくなった人たちが一気にピックルボール に移行したとか。
たしかにバドミントンコートくらいのサイズだから動き的には楽だろうし、
ボールもプラスチックで軽いから、身体への負担も少ないのだろう。

アメリカで急速に普及した理由のひとつは、ハードコートが多いこと。
利用率の下がったハードコートをそのままピックルボール に転用する施設が多いらしい。

数年前に日本にも入ってきたピックルボール 。
昨年あたりから急速にコート、プレー人口が増えた。

まず技術的な難易度が低く、すぐにラリーが出来て、
すぐに試合が出来てしまうハードルの低さがポイントである。
プロツアーもあって、トップレベルの技術は桁違いだとは思うが、
打ち合って点数を取り合うことが初めてでも可能なのは普及においては大きなアドバンテージだ。

さらには、この新しいスポーツに目をつけた三井不動産とTBSが後押ししているのも大きい。
メディアへの露出が増えたことも急伸の要因だと思う。

ここから日本ではどこまで広がるか。
日本に多い砂入り人工芝コートでは、ピックルボールは弾みが足りず
プレー出来ないのはマイナス要素。
一方、体育館の床だとラインを貼ればそのままプレー可能なのはプラス要素。

とはいえ、公共施設の体育館を使って成立する競技だと高単価は難しく、
民間事業者の参入には差別化戦略が必要になるだろう。

アメリカでは、高齢のテニス人口がごっそりピックルに流れ、
テニス人口が激減したという。
逆にピックルボール入り口からテニスへプレー人口が流れたという話はあまり聞かない。
どなたかが、ピックルボールからテニスへの流入人口は30%と言っていたが、
その競技特性からは、にわかには信じがたい数値である。

そもそもテニスが出来る人はすぐにピックルボールは出来るが、
その逆は正直難しいと思う。

テニス業界でもピックルボールを導入する事業者も増えてきた。
既存コートをそのまま使えるのは大きいのだろう。
ビジネス的にはコートが稼働してなんぼだから、
テニスだろうかピックルボールだろうが、稼働してお金が落ちれば良いわけだし。

では、ピックルボールにおけるレッスンビジネスはどうだろう。
ちょっと自信はない。

テニスのレッスン(スクール)ビジネスがなぜこんなに多く、
なぜこれほどに息が長いのか。
平たくいうと「テニスは難しい」からである。

ちゃんと教わっても、初心者が試合を楽しめるまでにはそれなりの時間がかかる。
上達も一気にというわけにはいかない。
その難しさが面白くもあり、故に「コーチに教わる」意味が大きいのだと思う。

一方で、ピックルボールは「すぐに打てる」「すぐに試合ができる」がウリ。
つまり長らくコーチについて技術習得をというイメージは湧かない。

入り口としてのレッスンはアリだと思うが、
レッスン種目としては何とも疑問の残るところである。

実は、日本プロテニス協会が業務提携しているアメリカプロテニス協会は、
ピックルボールやその他ラケットスポーツに関連して大改革を断行した。
その流れを受けて、日本プロテニス協会は何をするのか。
大きな岐路に立っている現在でもあったりする。

実はワタクシ、ちゃんとした形でピックルボールをプレーしたことがない。
まずは体験してみてから、この競技の未来像に思いを巡らせてみようと思う。

ためブロ

福島県生まれ。 普通の公務員の家に育ち、小〜中学校はバスケットボール部に所属。 強豪校のあまりに厳しい練習とレギュラー争いに嫌気がさし、個人スポーツをやることに。 高校で見つけたのがテニス。 当時まだ硬式テニス部は少なく、進学した高校でもまだ「テニス愛好会」だった。 テニスといえば女子、しかも愛好会という緩そうな雰囲気に惹かれ入部。 しかし、女子はおらず、東北なのでクレーコートが使えるまで、毎日ランニングと素振りの日々。 加えて、素振りをした途端に、先輩に「センスなし」から一刀両断。(笑) そんなテニスとの出会いが、今に至り、テニスで生きているという不思議な人生。 テニスを軸にたくさん勉強させてもらったことを駆使して、 テニス業界、スポーツビジネス界で生きている今現在。 座右の銘は「努力に勝る天才なし」 セミナー講師や研修も得意技。

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