違和感は武器にも地雷にもなる|組織での正しい使い方

仕事

ビーチバレーの大会をやっていた。

JFA夢フィールド のビーチコートなので、ビーチサッカー用なのだろう。
ここでビーチテニス出来ないかな。


さて、違和感の話。

例えば、仕事において当たり前になっていることなのだが、
どうもこれは違うんじゃないかと思うこと。
つまり違和感。

組織によってやり方はそれぞれ。
ここの当たり前が、別の場所での非常識だったりする。
おそらくそれが違和感。

よく言われるのが、外から来た人材が持つ違和感は大事ってこと。
外部の新鮮な目線が組織を良くするという考え方だ。
キャリアのある中途採用者などが言われたりする。

が、ここで注意。
言われるがままに「これはおかしいのでは」「ここは変えましょう」などと、
感じたままに言ってはいけない。

人の変化に対する抵抗感は恐ろしく大きい。
だからこそ、違和感は「そのまま口にするもの」ではなく、「磨いて使うもの」だ。

違和感を感じた瞬間というのは、いわば“原石”の状態だ。
そこには価値があるが、そのままでは角が立ちすぎている。
そのまま投げれば、組織にヒビが入ることすらある。

では、どう扱うべきか。

まずやるべきは、「なぜそうなっているのか」を徹底的に理解することだ。
一見非合理に見えるルールにも、過去の経緯や失敗の歴史、
あるいは暗黙知が隠れている場合が多い。
つまり、違和感の裏側には“合理の残骸”がある。

次に、その違和感が「本質的な課題」なのか、
「単なる自分の慣れとのズレ」なのかを見極める。
ここを間違えると、改善どころか信頼を失う。
特に、成果を出す前に違和感だけを振りかざすと、
「現場を知らない理想論者」と見なされがちだ。

そしてもう一つ重要なのは、“伝え方”だ。
違和感は、指摘ではなく「提案」に変換する必要がある。
「おかしい」ではなく、「こうすればもっと良くなるのではないか」。
この違いは小さく見えて、組織への浸透力はまるで違う。

さらに言えば、タイミングも戦略だ。
信頼残高がゼロの状態での問題提起は、どれだけ正しくても通らない。
小さく成果を積み上げ、「この人の言うことは一理ある」と思われて初めて、違和感は価値に変わる。

違和感とは、単なる不満ではない。
それは改善の兆しであり、進化の入口だ。

ただし、それを活かせるかどうかは、感じた人間の“扱い方”にかかっている。

違和感を叫ぶのは簡単だ。
だが、違和感を構造化し、言語化し、組織に実装できる人は少ない。

だからこそ、その差が価値になる。

違和感は、武器にもなるし、地雷にもなる。
使い方を間違えなければ、組織を一段引き上げるレバーになるはずだ。

ただこの話には大前提がある。
その組織、トップ、上層部が本当に何かを変えたいと思っているのか?だ。
人の現状維持バイアスは驚くほどに強い。
口ではどう言おうが、実は変化することへの本質的抵抗は大きいものだ。
それが歴史の長い組織、高年齢であればなおさらである。

これまでもこうやって来たし・・・
何十年前、こんなことがあったけど乗り越えて来たしとか。

結局、上っ面だけの改革宣言だと何を言っても無駄だし、
むしろあなたへの排除の力が働くのでご注意を。

ためブロ

福島県生まれ。 普通の公務員の家に育ち、小〜中学校はバスケットボール部に所属。 強豪校のあまりに厳しい練習とレギュラー争いに嫌気がさし、個人スポーツをやることに。 高校で見つけたのがテニス。 当時まだ硬式テニス部は少なく、進学した高校でもまだ「テニス愛好会」だった。 テニスといえば女子、しかも愛好会という緩そうな雰囲気に惹かれ入部。 しかし、女子はおらず、東北なのでクレーコートが使えるまで、毎日ランニングと素振りの日々。 加えて、素振りをした途端に、先輩に「センスなし」から一刀両断。(笑) そんなテニスとの出会いが、今に至り、テニスで生きているという不思議な人生。 テニスを軸にたくさん勉強させてもらったことを駆使して、 テニス業界、スポーツビジネス界で生きている今現在。 座右の銘は「努力に勝る天才なし」 セミナー講師や研修も得意技。

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