あれこれとか、連絡ついたとか。

いつものように能天気なことを書こうと思ったのだけど、
ワタクシの周辺でも、そしてKen’sでもいまだ地震の影響は大きく、
諸処の対策に追われていることもあり、
能天気な話題も少ないのが正直なところ。

そのうちそんな話も書けるだろうということで、
あれやこれや目に入ったことを連ねてみる。

政府からの節電要請を受け、Ken’sは短縮営業。
ロビーも消灯、空調もオフでの営業で、
お客様には大変ご迷惑をお掛けしております。
申し訳ございません。

おちまさと氏のブログ「不謹慎とは何か。」を読んだ。

一方では、「こんな折にテニスなんてどうなのだ?」
という考え方もあるかと思うのだけれど、
こんな時だからこそ、テニスが何らかの勇気になればとも思う。
我々に出来ることは、そんな小さなことでしかないけれど、
節電には協力しながら、出来る限りのことをしたい。

オフィスは、あちこち真っ暗ながらも復旧。
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電車が動いていないので、出社出来ないクルーも多く、
ワタクシひとり、電気をつけずに業務にあたった。

昼、コンビニに行くと、なんとカップヌードルが売っていた。
たくさんのサラリーマンで賑わっていたが、
素晴らしいことに買占めムードの人はいなかった。
自分が今食べる分だけでじゅうぶんだと思う。Rimg1525

出来上がり直前、立て続けに電話が入り。
フタを開けたら、スープは見えず、すっかりのびて
カレーうどんみたいになっていた。(泣)
でも、暖かい食べ物があるだけ幸せだ。

マンションのタワーパーキングが故障して、
街中に路上駐車が溢れていた。
Rimg1520

駐車場前の車寄せもいっぱい。
仕方のないこととはいえ、火事が起きたらと思うと怖い。
はやく復旧して欲しい。

ただ計画停電が実施されれば車を出せなくなるわけで、
まだタワーには入れたくないという人も多いのだろうな。
難しいところだ。

湾岸埋め立て地域が、軒並み液状化現象に見舞われる中、
Ken’sららぽーとはまったく影響がなかった。
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海にいちばん近い施設だったので心配していたが、幸いにも無傷。
意外な幸運だった。

さて、福島の実家にようやく連絡がついた。
地震発生以来、初めてである。

発生後、一度だけメールが返ってきて、
なんとか無事に生きているようだというのは分かったが、
その後、刻々と変化する状況下、まったく連絡がつかなくなった。

内陸なので津波は来ていないだろうが、
家屋の倒壊やライフラインの状態、
原発事故の影響など、まったく状況がつかめずにいた。

たまたまなのか、母親の携帯が初めて繋がった。
思いのほか元気な様子だった。

色んなものがバラバラと落ちてきたらしいが、
家屋の倒壊は無かったらしい。
ただ、余震はまだまだ多いのだそうだ。

発生時は電気・ガス・水道は止まった。
今も水道とガスは復旧していない。
しかし自家発電機があったので、電気は確保出来たとのこと。
(どうして自家発電機があったのだろう?)
それで、ご飯を炊き、カレーを作り、近所に配ったそうだ。

給水車は来ないのだそうだ。
近所の魚屋さんが地下水を使っていて、
それを皆に解放してくれて、何とかなっているらしい。

トイレの水は近所の川に行き、軽トラに積んだ大きなタンクに
ポンプで水を汲み上げて、近所の皆で使っているとのこと。
(汲み上げポンプとか、大きなタンクとか、なんで持ってたのだ?)

不自由はあれど、大きなパニックもなく、
ご近所同士、協力しあって、何とかやっているらしい。
普段からのお付き合いがあるからなのかな。
なんにしても良かった。

「原発の影響は大丈夫なの?」と聞くと、
「その時はその時で何とかするから大丈夫!
 どこかに移動するときはメールでも送るから。
 そっちも大変だと思うけど、頑張って」
だって。

被災地からエールをもらってしまった。
さすが昭和を生き抜いていた女はたくましい。
こっちからは何も出来ないが、無事を祈るばかりだ。

ガンバレ、おふくろ!
がんばろう、日本!

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