30年経っても、PUFFYはPUFFYだった。

仕事

某日、会議の後は”目利きの銀次”へ。

このお店、このコンロで焼くお通しが高め。
たぶん400円くらい。
それほど美味しいわけでもないし、焼くの面倒だし、コンロが場所取るし。
まあ、全体的にはそんなに高くないからいいんだけど。
日本プロテニス協会事務局の近くだし、また来ます。

さて、居酒屋作戦会議を切り上げる。

「え?もう時間ですか」
「うん、今日はちょっと忙しいのよ」
と他のメンバーを置いて先に失礼。

向かった先は渋谷。

久しぶりかも渋谷。
会社が移転してからあまり通らなくなった。
って、会社にもあまり行かないんだけど。

目的の地は、LINE CUBE SHIBUYA。

この日はライブなのだ。

誰のライブかってえと。

これまた久しぶりのPUFFY。
なんでも一夜限りの30周年ライブをやるらしい。
しかもゲストに奥田民生が出るらしいってのを何かで見て、
チケットを申し込んでみたら当たったというわけ。

今宵も当然ひとり。
チケットも当たりやすい気がするし、やっぱりライブはひとりに限る。

席も1階正面、通路後ろの最前列でナイス。

PUFFYといえば、ずいぶん前にSHIBUYA AXでのライブに行ったきり。
代々木体育館横のAX、今もあるのだろうか。
オールスタンディングだったっけ?(よく覚えていない)

デビュー当時から好きだったPUFFY。
奥田民生プロデュースというのも、楽曲も民生&陽水ってのも、
ユルい雰囲気も、ビンテージっぽいデニムも、
“PUFFY&Co.”のティファニーオマージュのTシャツもすべていい感じだった。

いつの頃からかCDも買わなくなってしまったけど、気づけば30周年なのね。
AMI、YUMIも50オーバーだって。

そんなふたりがどんなステージを見せてくれるのか、期待しかない。

ということで、開演。
「誰かが」で始まり、会場総立ち。疲れるぜ。
セットリストはこちら。

ハイライトはやっぱり民生さんの登場。
アコギでの「これが私の生きる道」から民生節全開。
アンコールの「アジアの純真〜とくするからだ」まで立ちっぱなしのパーティーナイト。

それなりの年齢になったとはいえ、やっぱりPUFFYはPUFFYだった。
あの頃のAXライブと変わらないノリ。
それほど上手くもなっていない歌。(褒めてます。笑)
夏には「PUFFY FES」もあるみたいだし、まだまだ楽しめそう。

終演後の仕掛けもなかなか洒落た企画のPUFFYらしい2時間ちょっと。
じゅうぶん楽しませてもらった。
やっぱり長くやっているだけのことはあるのだな。
ありがとう!

渋谷駅への帰り道、ラーメンでも食べるかと一蘭へ。
入り口で店員さんに「待ちます?」と聞いたら「5時間待ちです」だって。
5時間待って食べるほどのラーメンじゃないよね。
これが一番の衝撃だった渋谷の夜。

ためブロ

福島県生まれ。 普通の公務員の家に育ち、小〜中学校はバスケットボール部に所属。 強豪校のあまりに厳しい練習とレギュラー争いに嫌気がさし、個人スポーツをやることに。 高校で見つけたのがテニス。 当時まだ硬式テニス部は少なく、進学した高校でもまだ「テニス愛好会」だった。 テニスといえば女子、しかも愛好会という緩そうな雰囲気に惹かれ入部。 しかし、女子はおらず、東北なのでクレーコートが使えるまで、毎日ランニングと素振りの日々。 加えて、素振りをした途端に、先輩に「センスなし」から一刀両断。(笑) そんなテニスとの出会いが、今に至り、テニスで生きているという不思議な人生。 テニスを軸にたくさん勉強させてもらったことを駆使して、 テニス業界、スポーツビジネス界で生きている今現在。 座右の銘は「努力に勝る天才なし」 セミナー講師や研修も得意技。

関連記事

特集記事

コメント

この記事へのコメントはありません。

TOP
CLOSE