無念とか、仕事とか。

音楽


まだこれからすべきこと、しなければいけないことはたくさんあります。
忘れないこと、続けることです。
頑張ろう、日本!

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打倒、カナダ。有明で燃えましょう!

 

年末、ラジオから訃報が流れた。
「大瀧詠一さんが亡くなりました」

我が耳を疑った。
解離性動脈瘤だそうだ。

ワタクシ的に生涯ベストのアルバムといえば、
「A LONG VACATION」かビートルズのサージェントペパーかって言うくらい
大瀧詠一が好きだったのに。

iPodのヘビーローテーションには、
1981年の渋谷公会堂でのヘッドフォンコンサートの
音源が入っていて、最近もよく聴いていたのに。
(恋はメレンゲのミックスの再現は秀逸)

昨年買った大瀧詠一〜NIAGARA〜の本も読み終えていないのに。
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写真は大瀧詠一が絡んだ作品の一部。
この他にもEACH TIME、NIAGARA CALENDAR等々、
氏の作品はほぼコンプリートしている。

日本のフィルスペクターだった大瀧詠一。
重ね重ね残念で仕方が無い。
きっと天国でもミキサーいじってるんだろうなぁ。
合掌。

 

さて、「酒は飲んでものまれるな。仕事は追っても追われるな」が座右の銘である。
座右の銘というのはウソだが、基本姿勢としてはいつも心に置いている。

酒にのまれることはあまり無いと(自分では)思っている。
たぶん、のまれる前に眠くなるだけなんだけど。

酒もそうだが、仕事はもっと切実である。
追われるということは、ギリギリでこなしている状態だし、
追い越されるということは、抜け落ちや遅延だからアウトである。

そんなわけで、特に仕事は段取り、スケジューリング、効率、確認命。
常に一歩、二歩前を走ることを目標にしているのだ。

が、年明けから社内組織が変更になり、若干(たくさん)担当業務が増えた。
きっと大変になるだろうなと、年末年始休みの間、
あれこれ仕込みというか準備をしていたのだが・・・。

1月6日、本社の仕事始めの日。
業務開始3時間でテンパった。

隣のデスクにいたDRKさん
「ちょっといっぱいになっちゃいました。初詣行って飲んでる場合じゃないっす」
と言ってみた。

「そう言いながら、飲まない人はいないんですよ」
と冷たい答えが返って来た。
ひどい人だ。
結局、フルコース行ったんだけど

その後数日も仕事に追いつかれそうになりながらの日々をなんとかこなす。

ようやくの休日、まずはジムでのトレーニング。
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サンドバッグは叩いていないんだけど。

帰宅後はずっとパソコンの前だった。
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休みって、落ち着いて仕事が出来るからいいね。(泣いてないよ)

やっぱり年始は忙しい。
年始のご挨拶に来られる方も多いってことを忘れていた。
ある程度、のりしろを持ってスケジュール組まないといけないな。

そう言えば年末、DRKさんに言われた。

「ちゃんと週2日休んでください」

「スケジューリング、つい欲張っちゃうんんですよねぇ」

「ダメです。みんなも休み辛くなるから」

「うーん、なるほど」

「来年はちゃんと休むって約束してください」

「分かりました。頑張ってみます」

「じゃあ、休まなかったら1回1万円てことで」

「え?1万円くれるの?」

「違います!逆です!」

「働いてるのにお金取るなんて・・・鬼!」

しかも早速、年明け1週目から約束を破ってるし。

もう少しであれこれ落ち着くだろう。
仕事を追う体制にスイッチである。
頑張らなきゃね。
ああ、楽しい。

ためブロ

ためブロ

福島県生まれ。 普通の公務員の家に育ち、小〜中学校はバスケットボール部に所属。 強豪校のあまりに厳しい練習とレギュラー争いに嫌気がさし、個人スポーツをやることに。 高校で見つけたのがテニス。 当時まだ硬式テニス部は少なく、進学した高校でもまだ「テニス愛好会」だった。 テニスといえば女子、しかも愛好会という緩そうな雰囲気に惹かれ入部。 しかし、女子はおらず、東北なのでクレーコートが使えるまで、毎日ランニングと素振りの日々。 加えて、素振りをした途端に、先輩に「センスなし」から一刀両断。(笑) そんなテニスとの出会いが、今に至り、テニスで生きているという不思議な人生。 テニスを軸にたくさん勉強させてもらったことを駆使して、 テニス業界、スポーツビジネス界で生きている今現在。 座右の銘は「努力に勝る天才なし」 セミナー講師や研修も得意技。

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