週明け、いつものように早起きをし、仕事に取り掛かる。
が、なんとなく足元に体調が悪くなる前兆のような違和感。
リモート会議を1本終えて熱を測ったら38度オーバー。
これは外仕事は無理と在宅に切り替える。
ダッル〜と思いながらPCに向かっていたらどんどん具合が悪くなり、午後には39度超え。

喉も痛くないし、鼻水も出ていないが熱がガン上がり。
しんどい夜を過ごし、朝になったらほぼ平熱。
なんですか?これ。
家族は「疲れているのでは?」と言う。
「いや、先週休んでるし」
「ビーチテニスに行ったり、有明に試合の応援に行ったりしてるし」
「好きで行ってるので」
「仕事みたいなもんでしょ。家でもずっとPCに向かってるし」
そうかなぁ。
とにかく熱が下がって良かった。
さて、ある取引先の担当者から退職の挨拶をもらった。
仲間に「聞いた?」と言うと、「聞きました」と。
「とてもよくやってくれていたのに残念」と言うと、
「なんか、あの会社さん、できる人が辞めていく印象が・・・」
という返事が返ってきた。
なるほど。
確かにそんな話はよく聞く。
「あの人が辞めるの?」
「なんであの人が?」
「むしろ辞めそうだった人は残っているのに」
そんな話だ。
もちろん、実際には“できる人だけ”が辞めているわけではないだろう。
ただ、周囲の印象としてはそう映ることが多い。
なぜだろう。
組織の中にはいろいろなタイプの人がいる。
言われたことをやる人。
自分で考えて動く人。
問題が起きたら報告する人。
問題が起きる前に手を打つ人。
後者になればなるほど周囲からの評価は高くなる。
仕事も任される。
期待もされる。
頼りにもされる。
だから本人も頑張る。
さらに仕事が集まる。
また頑張る。
そんな好循環のようなものが生まれる。
ところが、その好循環は時々、本人だけが疲弊する循環に変わる。
「この件もお願い」
「これも頼む」
「君なら大丈夫だよね」
期待の言葉は嬉しい。
でも、それがずっと続くと話は変わってくる。
責任だけが増え、自由度は増えず、評価も当たり前になり、
いつしか本人の中で違和感が育っていく。
厄介なのは、できる人ほど不満を表に出さないことだ。
なんとかする。
工夫する。
調整する。
周囲に迷惑をかけないようにする。
だから上司も仲間も、「順調そうだな」と思ってしまう。
本人もわざわざ愚痴を言わない。
しかし心の中では少しずつポイントが貯まっている。
感謝されなかったポイント。
理不尽だったポイント。
報われなかったポイント。
成長が止まったと感じたポイント。
そしてある日、そのポイントカードが満タンになる。
退職の話が出ると会社は驚く。
「そんな不満があったの?」
「言ってくれれば良かったのに」
「期待していたのに」
と言う。
でも本人からすると、「ずっとサインは出していましたけどね」だったりする。
ただ、そのサインは大声ではない。
表情だったり、発言だったり、以前より元気がなくなったり、挑戦しなくなったり。
そういう小さな変化だ。
忙しい組織ほどそれを見落としてしまう。
組織運営をしていると、どうしても問題を起こす人に時間を使う。
クレーム対応。
トラブル対応。
業績改善。
もちろん必要なことだ。
しかし、組織を支えているのは案外そこではない。
毎日当たり前に成果を出している人たちだったりする。
問題を起こさないから目立たない。
文句を言わないから後回しになる。
でも、その人たちがいなくなると組織は急に苦しくなる。
だから最近思う。
退職を防ぐ特別な制度や福利厚生も大事だけれど、一番大事なのは、
「最近どう?」と聞くことなのかもしれない。
業績の話ではなく、仕事の話でもなく、ただ近況を聞く。
雑談する。
そんな時間だ。
案外、そこに組織の未来を左右するヒントが転がっている。
そんな気がしている。
できる人は最後まで仕事をする。
最後まで責任を果たす。
だから辞める直前まで周囲は気づかない。
そして退職届を見て驚く。
「あんなに順調だったのに」と。
でも本当は、順調だったのは仕事だけだったのかもしれない。
「こりゃダメだ」と組織に愛想を尽かすポイントカードをいっぱいにしてはいけない。
大事マンブラザースが「ダメになりそうな時〜、それが一番大事〜♩」と歌っていたが、
「ダメになりそうな時は時すでに遅し」がワタクシの持論である。
最後にオススメの本を。

心当たりのある人も少なくないのでは。
組織の成長は丁寧な「人」の扱いなのだ。
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