先日、好きなラジオ番組が終わってしまい悲しいって話を書いた。
最終回、最後のコーナーでのメインキャスターのコメント。
「番組が終わるのにはそれなりの理由があって、
それは単純に数字(聴取率)が取りきれなかったということ。
ポッドキャストなど、ラジオの聴き方が変化する中、
それらに挑戦してきたつもりではあるけれど、
まだそういうものは数字に反映されないという面もある。
いずれにしても、私たちの力不足ではあります」
正確じゃないけど、そういう主旨だったと思う。
実際、ワタクシもリアルタイムでラジオから聴くよりも、
ポッドキャストで聴くほうが多かった。
ホント、ラジオからそのまま放送を聴く人の数字を拾ったって、
まともなレイティングじゃないのは明白だろう。
TVだって、「~を観るから、早く帰ろう」なんて言わないわけで、
いまや、HDDレコーダーにキーワードを登録するだけで、
観たい(であろう)番組を勝手に録画してくれる。
ワタクシはHDDレコーダー持って無いけど。(涙)
また、ケーブルTVやインターネット経由のTVも
オンデマンドやペイパービューが主流になりつつあって、
これまた自分の都合で自由に番組も時間も選べる。
結果、作り手・送り手が決めた時間にTVの前に座る必要が無くなり、
自分の都合で自由な時間に観られるようになった。
力道山の試合に、街頭TVに人だかりが出来たり、
(って、この時代のことはよく知らないけど)
欽ちゃんの番組を見るのに家族が茶の間に集まったり、
TVが求心力を持っていた時代はもう昔のこと。
唯一の例外が、先日のWBCだろうか。
ということで、視聴率・聴取率至上主義ってのも
もはや時代に合わないのではないかと思っていたら、
先日の新聞に載っていた記事。
「今後は視聴率調査にPCやオンデマンドなど、
今までの調査方法から現状に合うものに変更していく」
これまた正確ではないが、そんなことだった。
遅きに失したという気がしないでもない。
世の中はとうにそうなっているのに。
もっと早くに調査方法が変わっていれば、
「ストリーム」も終わってなかったかも。
残念。
さて休日、Cooさんの散歩がてら近所のカフェでランチ。
外の席ながら、離れた柱につながれるCooさん。
「え?仲間に入れてもらえないの?」って感じなのか。
カフェオレ
こういうの、ラテ・アートって言うんだね。
大会なんかもあるみたい。
とまあ、そんな春の日。
コメント