工事始まりましたとか、固まらないとか。

テニス

来年7月オープン予定のレックインドアテニススクール西東京。
建築工事が始まった。

なかなか行けなかったのだが、ようやく現地に。


まだ、基礎を打っている段階なので、こんな感じ。

基礎とはいえ、気持ちが引き締まった。
レックインドアテニススクール新百合ヶ丘 に続いて2店舗めの新規出店。
気合い入れてくぜ〜!!


さて、その昔。

30年以上も前の話。

働いていたスクール運営会社で、社員は全員、
日本プロテニス協会 の資格を取ろうということになった。

ちょうどその頃、国からある方針が打ち出された。
民間テニススクールには然るべき資格を持ったコーチがいないと
営業できなくなるというもの。

・その資格は文部省が認定する。
・現時点での資格発行団体の資格がスライドする。
・文部大臣認定ためには必要な講習を受け、試験またはレポートを提出する。

という感じだった。(たしか)

資格発行団体というのは、日本テニス協会(JTA)日本プロテニス協会(JPTA)
JTAの公認指導員は地域指導者、JPTAのプロコーチ資格は商業施設指導者に
移行されるという建てつけだっだと思う。

受講しなければいけない講習は半端じゃない量。
分厚いテキストが何冊もあった。

結局、この資格がどうなったかは、後に譲るとして、
とにかく、ある時点までに日本プロテニス協会のプロコーチ資格を
持っていなければテニススクールが運営出来なくなるという状況になった。

そんな事情で、全社員が資格を取得することになったのだが、
10名程度の社員が全員取り切るにしても期間があまりない。

当時、プロ資格を取るには、研修合宿(3泊4日)を受け、
その後にプロテスト(2日間)を受けて合格しなければいけなかった。

まずは研修合宿。
社員で順番を決めて、全国どこだろうがひとりずつ行こうということに。

時間がないなら2〜3人で行けば良いのではと思ったのだが、
ひとりずつというのが会社の指示だった。
たしかに複数名が一度に抜けると現場は厳しい。
しかし期限も迫っているし、多少無理をしてでも何人かで行けばと思ったのだが・・・


社長の考え方はこうだった。

せっかく全国から同業者が集まって切磋琢磨する研修合宿なのだから、
多くの人と関わり、話し、情報を交換し、繋がりをつくってくるべし。

同じ会社から複数名で行けば、どうしても仲間で固まりがち。
心細さはないかもしれないが、大海に身を投じる緊張感もない。
ひとりで知らない場に身を投じて、たくさんの刺激と勉強、ネットワークをつくること。


なんのために行くのか?
資格を取るためではあることは間違いないが、
4日間寝食を共にし勉強する人たちは、将来の業界仲間になる。
同じ会社で固まっていたら、せっかくの機会がもったいない。

たしかにおっしゃる通りだと思った。

当時ワタクシは26歳くらいだったろうか。
順番が回ってきたのは、兵庫県の山あいのクラブでの研修合宿。

参加者は20名くらい。
全員が西日本方面のコーチだった。
今でこそ、関西弁も関西の芸人さんも普通に関東に進出しているが、
当時のワタクシには、まず関西弁という刺激が大きかった。

そんな聞きなれない関西軍団の中に放り込まれての4日間。
仲間も出来たし、たくさんの刺激ももらえた。
関東の近場で受けるよりも良かったかも。


ちなみに、この研修合宿のメンバーは大重鎮の講師の皆様から、
「稀に見るデキの悪さ」と言われたのも良い(?)思い出である。

この時の経験は強烈に頭に残っており、それ以降、研修やパーティーなど
人が集まる様々な場面においては、仲間で固まることはしないようにしている。

もちろん、仲間を誰かに紹介したり、人と人とを繋いだりはするけど、
基本的には自分で人脈も開拓して欲しい。
きっかけはいくらでもつくるが、繋がりは結局は自分でつくるものだ。

あの時、社長はワタクシたちにひと皮剥けて欲しかったのだろうなと思う。
何が人を成長させるか。
大海に放り出すのも時には大事だし、自ら大海に漕ぎ出す勇気も大事。

身内で固まらずに、殻を破って前に進もう。

ためブロ

ためブロ

福島県生まれ。 普通の公務員の家に育ち、小〜中学校はバスケットボール部に所属。 強豪校のあまりに厳しい練習とレギュラー争いに嫌気がさし、個人スポーツをやることに。 高校で見つけたのがテニス。 当時まだ硬式テニス部は少なく、進学した高校でもまだ「テニス愛好会」だった。 テニスといえば女子、しかも愛好会という緩そうな雰囲気に惹かれ入部。 しかし、女子はおらず、東北なのでクレーコートが使えるまで、毎日ランニングと素振りの日々。 加えて、素振りをした途端に、先輩に「センスなし」から一刀両断。(笑) そんなテニスとの出会いが、今に至り、テニスで生きているという不思議な人生。 テニスを軸にたくさん勉強させてもらったことを駆使して、 テニス業界、スポーツビジネス界で生きている今現在。 座右の銘は「努力に勝る天才なし」 セミナー講師や研修も得意技。

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