九州へとか、日本リーグ・予選オーダー事情とか。

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昨日から九州へ来ている。

日本プロテニス協会のジュニアイベントで1週間の滞在である。
目標は体調を崩さず無事に終えること。
このところ、出張中に体調不良が多いんだよなぁ。
気をつけなきゃ。

さて、5位で終えた日本リーグだが、今年も色々あった。

まず、メンバーは、田口涼太郎・川橋勇太・正林知大・堀内竜輔・乾祐一郎・守谷総一郎の6名。

これが多いのかというと、ギリギリの数。
試合は4人いれば出来るが、毎日の試合をこなすのは簡単ではないし、
相手チームによってオーダーを変えたり、体調不良が出たりとアクシデントもある。

数年前はメンバー5人の時があり、故障者が出てどうしようって時もあった。
かくなるうえは鈴木貴男プロに頼むしかないというほどの危機的状況。
鈴木プロは日本リーグは出ないという約束だったので、さすがに頼みづらい。
仲の良い関口プロに「周一が頼んでくれ」と言ったら、
「無理です。冨塚さんお願いします」と押し付け合い。

結局、ギリギリのメンバーでなんとか凌いだのだが、
あとで鈴木プロと話していたら「もう出るしかないと思ってました」だって。
言ってみれば良かったなんて年もあった。


とにかく、選手には色々なことがある。

そして今年、ファーストステージは川橋プロの痙攣もありつつ、何とか戦ってきた。
が、ノアインドア戦で膝がアウト。
もう川橋プロは出ない方が良いよねの判断をしていた。

ところが、最終日前夜に正林プロが発熱。
診察結果はインフルエンザ。
そのまま戦線離脱と相成った。

さあ、困った。
対戦相手はJR北海道さん。
めちゃくちゃ上位ではないが、やっぱり強い。

というか、メンバーがいない。
守谷プロはいたが、右肩の腱を痛めていて、まったくテニスをしていない状況。

結局、川橋プロが膝の具合をおしてダブルスに出場。
堀内プロがシングルスに回った。
最終的には2-1で勝ったが、まさに薄氷のファーストステージだった。

そしてセカンドステージ。
川橋プロが膝を痛めていて、不安を持ちながらの初日。
シングルス2で出場も、ファイナルセットに入るところで再び膝がアウト。

結局、立っているのがやっとの状況で敗戦。
川橋プロはそのまま期間中リタイヤとなった。

代わりに出場したのが堀内プロ。
シングルスを頑張ってくれて、チームも全勝で予選を抜けたのだが、
これまたギリギリでの戦いだった。

1位でリーグを抜けたのはほぼ奇跡という、厳しいオーダー事情だったのだ。
団体戦の厳しさを感じた予選だった。

続く・・


ためブロ

福島県生まれ。 普通の公務員の家に育ち、小〜中学校はバスケットボール部に所属。 強豪校のあまりに厳しい練習とレギュラー争いに嫌気がさし、個人スポーツをやることに。 高校で見つけたのがテニス。 当時まだ硬式テニス部は少なく、進学した高校でもまだ「テニス愛好会」だった。 テニスといえば女子、しかも愛好会という緩そうな雰囲気に惹かれ入部。 しかし、女子はおらず、東北なのでクレーコートが使えるまで、毎日ランニングと素振りの日々。 加えて、素振りをした途端に、先輩に「センスなし」から一刀両断。(笑) そんなテニスとの出会いが、今に至り、テニスで生きているという不思議な人生。 テニスを軸にたくさん勉強させてもらったことを駆使して、 テニス業界、スポーツビジネス界で生きている今現在。 座右の銘は「努力に勝る天才なし」 セミナー講師や研修も得意技。

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